「憎しみ」は「愛の影」なのかもしれない

と憎しみは表裏一体なことも多いんだなあと、

最近よく考えるんですけど、例えば、、

 

もしも恋人を誰かに殺されなんかしたら、

たぶん人はその相手を憎んで恨んで

復讐を始めたりなんかするかもしれない。

「俺の大切な人を奪ったやつを殺してやる!」

てな感じで、、(映画にはよくありますよね)

でも、

ニュースとかで、

どこか遠くの県のとある老人が、押し入った強盗に殺されました、

っていうのを耳にしても、

たぶん「物騒だなあ」とか「可哀想に。。」

そんなくらいで終わっちゃうんじゃないでしょうか。

そっちの殺人犯には特に憎しみをいだくでもなく。。

(身内をそんな亡くされ方した人がいたらほんとうにすみません)

 

そのカラクリはこういうことです、

人は自分の愛するものを奪われたり傷つけられたりすると

怒りや憎しみや恨みをいだく。

特に愛情が大きいものほど憎しみも強くなる。

ていうことは

この世に愛がたくさん増えるほど憎しみも増えるってこと?

 

平和なほうがいいなあと思う身からすれば

これはやっかいなことのように見えます。

「愛を広めれば世界はよくなる」なんて思ってた人も

ちょっと待てよってなことになります。

このとき、

「憎しみや怒り」ってのは「愛の影」のようなものだって思うんです。

自分のことを悪く言われて相手を嫌うんなら、

それは、自分のことを大切に思ってたからだと知ります。

 

そういった感じで

愛のあるところには憎しみがついて回ってるかもしれないし、

憎しみのあるところというのは、愛を発見できるところかもしれないんです。

うん、

『憎しみは愛の影』なのかもしれない。

でもなんとなく、その逆の

『愛は憎しみの影』という方向では成り立たないような気がするんですよね。

 

それに、もっとなにか位の高い愛というものも存在すると思うんです。

そのもの自体が光を放っていて、影がない、

しかも透明だから影のできようがない、みたいな。。

 

なんかすごく抽象的ですけど、

そういう愛のかたちってのもあると思うんですよねえ。

 

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