「みんながそう言ってるから」

日は、街で

オードリーヘップバーンに似たハトを見かけました(笑)

 

宗教でも主義でも、

何か少数派のグループに属したりする人のことを、

人はすぐ「周りが見えなくなっている」

みたいな言い方をしますけど、

言う本人は『「それらの主義が間違っているとする」主義』に

自分が属してることに盲目になってるんです。

 

「偏見を持つな」

という言葉も「偏見」の土台の上に作られた言葉なんですよね。

 

人が音楽をチョイスしたり

あこがれのライフスタイルを実践したり

誰かの考え方がすごく好きだとか

あの人のファッションが最高だとか

 

ぜんぶ、自分にはこれがしっくりくる、

自分にとってはこれが正しいんだというのを判断してるだけですよね。

みんながすることです。

 

逆にそれをしなかったらどの服を買うかも選べない。

レストランで何をオーダーするかも決まらない。

選択というのは人間にとって当然の行動です。

 

でもそうやって枝分かれをして、

少数派と多数派ができたとき、

(特に日本のように多様性の教育が少なめな国では)

少数派は疎外されやすいみたいです。

それって単純におかしいって思いませんか?

 

「みんながそう言ってるから」

「あのお偉い方がそうおっしゃるんだから」

「科学者が証明しているよ」

「それでは世間がゆるさないんだよ」

おいおい、自分はどこ行ってんっ!って

 

「みんな教」「お偉い方教」「科学教」「世間教」

そういう呼ばれ方をされて自分が非難されたらどんな気持ちになりますか。。?

考えてみるだけでいいんです。1分もかからない作業。

でもみんなそれをよく忘れる。

差別やイジメも相手の立場に立って考える力がないから起こるんで、

すごくシンプルなことで実は「巨大な問題」ではないんです。

解決の鍵はそれぞれの人間の心の中にあるんです。

 

あなたの生き方はあなただけが決められる権利を持ったもの。

ほかの人に代わりは務まらなくて、それに

どれだけ代わってあげたい人がいたとしてもそれだけはできないんです。

 

悲劇を生まないためには、

自分がされていやだと感じることは人に対してもしない

いろんな問題(←チャンスと読みたい)は

この言葉に集約されてる気がします。

そしてある時は加害者は被害者に、被害者は加害者になります。

 

過去の歴史を振り返ってみて、偉大なことを成し遂げた人たちには、

広い常識や意見に従わなかった人、ときに変人扱いされ続けた人たちが

多いことにも気付かされます。

少数派の人間をそういう敬意の目で見られるような国は、

より多くの偉人をこの先の歴史に生み出せる国だろうと思うんです。

がんばれ日本&世界中!

 

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