自分の弱いところをさらしませんか?

こ数ヶ月、ずっと人間の光と闇についてを考えていました。

もちろん「なんかキモい」のを承知で(笑)

 

まあでもそれで至った考え、

というか提案があるんです。

 

「もっと自分の弱いところをさらそうよ」

です。

 

これは僕自身が自分に問いかけたい言葉でもあるんですね。

 

○ けっこうエエカッコしいなとこあるんです僕。

○ それから打たれ弱いとこあります。気にしいでもあります。

○ 自分で決めたことに忠実に行動できないとか、意志が弱いところがあります。

○ 傲慢なところがあります。

 

もっとたくさんありますが、今日はジャブ程度としても

今までこういうことをわざわざ言うってことがありませんでした。

 

そもそも言うメリットがないと思ってましたし、

上に書いたようにエエカッコしいなので特に

虚勢を張りがちでいいことしか書かないわけです(笑)

 

これは自分に自信がないことや完璧主義なとこの裏返しなんだと思いますけどね。

 

 

れでなんでこんな話になったかと言うと、

人って誰でも、自分の中に光も闇も合わせ持った生き物なんですね。

 

わかりやすく言い換えて、「美しい部分と醜い部分」「善・悪」とかですかね。

この言葉は便宜的に使いますよ、善悪について語ると別記事になりそうなので。

(良いこと悪いことというのにはいつも「誰にとって」というのが

アタマに付くのが前提だと僕は思ってますからね。)

 

「人は美しい部分も醜い部分も同時に持っている」

という言い方にしたとしましょう。

 

たいていの人は「醜い部分」てのはなるべく隠そうとします。

なぜか?

「醜い部分をさらせば、軽蔑されるんじゃないか?

人から嫌われるんじゃないか?」

という恐怖を持っているからですよね。

 

隠しておけば嫌われる心配も少ないというわけです。

人前で服を着ることのように自然なことです。

 

でもそもそも、なぜ「人から嫌われるんじゃないか?」と考えるのかといったら、

それは他人の発言や自分の発言、メディアも関係してくるんですが。。

 

ところで、

「私はうんちもオナラもしない」っていう綺麗な女優さんがいますか?

唐突ですみません(笑)

テレビに登場する完璧の象徴のような人たちも、

そんなイメージはただ隠しているだけですよね?

 

芸能人やスーパースター、ファッションモデルに見られるような

より完璧・完全なイメージをたくさん目にする時代に

我々が育っているからだと思うんですが、

人には、憧れるものに近づきたい、

そう自分も見られたいという欲求があります。

だから醜いところは隠そうとするんですよね、自然と。

 

でも多くの人が憧れるあれらのイメージは人間のようで

人間でなかったりするんです。

それを頭の隅に置きながら聞いてくださいね。

 

 

えば、メディアや人々の会話の中で

「大切な子供をほったらかしにするなんて、そんなこと私だったら絶対しない」

とか言うじゃないですか。聞くじゃないですか。

 

親のあるべき姿としては、まあ正当な発言ですよね。

でも実際、育児で休む暇もないお母さんからしたら

「1日だけでもいい、育児から精神的にも肉体的にも解放されたい!」

って思うことなんて当然ありますよね?

それは別に子供が大切じゃないってことではないわけですよね?

(犬と暮らしているのが例だったら

「今日は散歩行くのめんどくさい」とかですよね。)

 

でもそんな発言もしたらダメなような雰囲気が世の中にはあります。

陰でヒソヒソ「あそこの奥さんは・・」と噂話のネタにされてしまいそうです。

いや、ほとんどの人が持つことあるでしょそんな感情って。

って思いませんか?

 

 

ジタリアンなら、

「お肉料理の味っておいしいよ」

っていう言葉は、不謹慎なのかあまり言う人を見かけません。

 

多くのブログで「人間の欲は汚い」とか

「大企業は苦しむ生き物よりもお金が大切なんだ」

とか言うから、「人間の欲は良くないものなのかなあ。。。?」

なんて考え始める人までいるわけですよ!

 

いやいや、愛という服をまとった「欲」がもとで

みんなこの世に生まれてきたんでしょ?

欲を持つのがダメなんだったら、

華やかなヴィーガンレシピとかも必要ないでしょ(笑)

 

それになんで限りなくお肉に近づけた代替え料理とか作ろうとしたり、

「本物のお肉よりもおいしい」とか言う必要があるんでしょう?

(言っていいんですよ)

結局、お肉料理の味がグッドなのはそれぞれが認めてる。

けどあんまり言おうとしないんですよね。

 

 

と選挙を例に挙げますね。

 

「せっかくの休日なのに、投票に行くのなんてめんどくさい」

これが多くの人の本音じゃないですか?

「国をよりよくしたい」という感情とは別なんですよ。

 

「私はちゃんと投票に行きました」という発言の裏には

「本当はめんどくさいけど、ちゃんと頑張った」っていう

隠れたメッセージがあったりもします。

(図星な人いませんか?)

 

でも別にめんどくさいは悪いことじゃないですよね?

多くの発明は「めんどくさい」から産まれたりしますからね。

リモコンとか。

全自動洗濯機とか。

 

「めんどくさい」は時代を支えたり、

投票率を下げたりしますよね。

 

 

みんなが隠そうとしている「自分の醜い部分」

人間の「悪のような部分」

自分の中にある闇、

 

“他人のことなんてどうでもいい”

“めんどくさい”

”知らなかったことにしよう”

“関わりたくない”

“欲だらけ”

“自分にメリットがないことには興味がない”

“他人の苦しみは自分には関係ない”

 

わずかなことであっても

こんな感情がわき上がってこない人って、

「うんちをしない女優」といっしょでまずいません。

 

自分の中に「醜いかな?」

って思う感情を見つけたとき

本当にだいじなのは否定することじゃなくて、

「正直めんどくさいよね?じゃあ、それを踏まえて私はどうするの?」

「正直余計なこと考えたくないよね?

で、それを踏まえて僕はどうするのが好きだろう?」

ってことだと思うんです。

 

 

ナイフで人が殺される光景を見て

「ナイフは危険だ、この世からナイフをなくそう!」と言って

本当にナイフがこの世から消えたら、

同時にナイフによって作られただろう「素敵な料理」も

「それで喜ぶ人たち」も消えるんです。

 

世の中が鮮やかな分、闇は必ず存在します。

 

人間には光も闇も生まれつき備わっています。

それに勝手にレッテルを貼ったり、

短絡的に「闇は悪いものだ」と考えたりします。

本当はどっちにも転ぶどっちでもないものなんです。

人がそれを「どう使うか」が重要なんですよね。

消そうとするから混乱するんです、何かが歪むんです。

 

だからこその、

「もっと自分の弱いところをさらそうよ」

 

これからはそんなことがお互いの癒しになって

共に向上していける時代になってきたように思います。

 

 

 

け加えて、

「政治は腐ってる」というような発言が政治を腐らせる原因になったりもします。

(たくさんある視点の中の、一つの見え方として)

 

ちょうど今日僕の家に換気扇の取り替え工事の人が来てくれるんですが、

もし僕が「どうせ適当な作業するんでしょ」とか言ったら、

工事のお兄さんだって

「なんやねん(怒)ネジの1本でも外しといてやろーかな」

なんていう気になったりするわけですよね。

 

「ありがとう」と言われれば「こちらこそありがとう」と返したくなる。

「ちゃんと仕事しろよ」と文句言われれば

「おまえこそちゃんと仕事しろよ」という念がわき上がってくる。

心にも「作用と反作用の法則」があるんですよね。

 

政治家だってどんな職業だって、同じ「人」が動かしているわけだから

その心のはたらきはいっしょだと思うんですよね。
(また紹介したいですが、人は周囲に期待されているかどうかで

パフォーマンスが変わるという実験結果も存在します。)

 

みんなの発言がみんなの首を絞めてるんです。

自分の発言が自分の首を絞めるんです。

 

 

『灯台下(もと)暗し』

という言葉の通りで、

他人の醜いところは見えやすいものです。

「汚い」「ひどい」「ありえない」

とか言います。

 

それを喜んだりさえします。

 

そして自分に目を向ければ少なからず同じ要素が

自分にも備わっていることに気づきそうになります。

でも他人と自分がいっしょで

「汚い」「ひどい」「ありえない」だなんて信じたくないから、

目を背けます。

これが「うんちをしない自分」の誕生です。

 

でもそれは現実ではありません。

ありのままの自分ではありません。

 

そうやって暮らしてる人は本当に多いんです。

 

 

まず自分が自分に対して、

ちゃんと自分の弱さも認めてあげられると、

他人の中の弱さも認めてあげられます。

 

自分の闇のような部分もまるごと愛せる人は

他人のこともまるごと受け入れて愛せる人になります。

 

その先にあるのが

「補い合う」「支え合う」「助け合う」世界だと思うんです。

 

それとは反対に、

それぞれ個人の中の闇を排除しようとすれば

自己正当化というかたちでバランスを保とうとして、

その結果、

世の中での人々の分裂として反映されることになります。

 

他人に見る嫌な部分は、自分の中にある目を背けたい部分です。

 

だから進んで自分の弱いところをさらしましょう。

みんな何かしら似たようなものを持っています。

それは欠点ではなくて、今のその人の個性なんです。

そういう考え方が僕は好きです。

 

 

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